教養とは何か:「俗世を超越する」教養はいつから始まったのか

何かを学び「教養を身に着けたい」というとき、その教養には多様な意味があります。広く汎用性の高い知識を持っているという意味での教養概念の歴史に迫ります。

本連載について

知の見取り図というwebサービスが目指すところは知的好奇心に優しい社会を作ることです。人生100年時代と言われる中で、改めて「学び」が注目されています。人は学び続けることで豊かな生活が暮らせる、そんなふんわりしたイメージの中に教養という言葉も位置づけられているように思います。

この連載「知られざる教養の実態」では、様々な書籍の中で語られる教養について掘り下げながら、その言葉の広がりや多様性、そして最終的には私達知の見取り図が考える教養や教養人といった言葉を定義していきたいと考えています。今回取り上げるのは阿部謹也の「教養とは何か」の一節です。

連載「知られざる教養の実態」
vol.1教養とは何か:「いかに生きるか」を自ら問うこと
vol.2教養とは何か:「俗世を超越する」教養はいつから始まったのか
vol.3教養とは何か:日本のエリート主義と接続した「教養」
vol.4文字に依存しない教養:踊る靴職人、儀礼文化の王族たち
vol.5竹内洋『教養主義の没落』の序章から見える、教養と総合雑誌の歴史的関係

 

前回の簡単なおさらい

前回の記事では阿部謹也のいう教養は「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会にためになにができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状況」だとまとめました。これは一部のエリートだけではなく農村の住人もまた教養と呼べるものはあっただろうという文脈の中で語られます。

このような「社会(世間)」を前提とした教養を彼は集団の教養と呼び、個人の教養と区別します。そして現代で語られる教養はどれも後者に偏っていると述べています。学術的で、俗世から離れている感覚があり、書籍が中心となっている教養(つまり私達が一般に教養と聞いたときに思い浮かべるイメージ)を個人的教養と呼んでいるのです。

本記事ではその個人的教養について見ていきましょう。

翻訳語としての教養

辞書で教養という言葉を引いてみても、いまいちその言葉の意味はつかみづらいかもしれません。

教養(きょうよう)とは個人の人格や学習に結びついた知識や行いのこと。これに関連した学問芸術、および精神修養などの教育文化的諸活動を含める場合もある。-wikipediaより

教養とは
1.人格や振る舞い、マナーの良い人(それを高める修養)
2.高度な学術、芸術に関する深い造詣(ハイカルチャー)

と、大きく2種類の使われ方をするのです。1と2のどちらの教養について話しているのかによってイメージは大きく変わることになります。

教養という言葉はculture、bildung,educationといった言葉の翻訳語として日本に定着しました。cultureが教養の元々の言葉だったと聞くと驚く人も多いのではないでしょうか。cutureとは「耕す」という意味があります。bildungとはドイツ語で形成するといったニュアンスのある言葉です。educationはそのまま教育ですね。

これらは全て「自然のままではなく、人為的に人格を高める行い」と総称することが出来るでしょう。教養とはその社会や人の営為を学び、自らのものとする過程、自らのものにしようとする態度や姿勢のことだと考えることができます。

1.人格や振る舞い、マナーの良い人(それを高める修養)
2.高度な学術、芸術に関する深い造詣(ハイカルチャー)

この1と2は一見随分別なことのようにも思われますが、実は2の真髄に迫ることが1にたどり着くための重要な方法だと考えられていました。以下でそれを説明していきます。

ドイツ哲学と教養の関係

1700年代の終わり頃、ドイツの大学は大きな変革に迫られていました。それは実学重視の考えです。職業訓練的な大学が次々に出てきて、農業大学や鉱業大学が優勢になっていきます。その中で伝統的な大学-リベラルアーツ(哲学)+法/医/神学で構成される-は産業の発展と直接関わらない無用なものという評価がありました。

そのような実学重視に対抗する形で作られたのがベルリン大学。創立に関わったフンボルトは「学問による教養」を強く主張しました。この場合の学問とは特に「純粋な学問」であって、特定の目的から離れて自由に、それ自身のために学ばれるものだと言いました。

農業や鉱業のように明確な産業的意識があるものを学んでも、それは純粋な学問ではなく、そうでなければ教養にはならないと述べたのです。日常生活を超越し、日常生活には影響を及ぼさない、しかしだからこそ価値がある-そんな学問観がドイツで再び蘇ったのが1800年代頭のことです。

教養とは本質、普遍に触れること

このように価値があるとされた教養には、以下のような期待が込められていました。それは「学問全体を貫いている哲学的な精神を喚起する(シェルスキー「大学の孤独と自由」)」ことです。

具体的なことや分野だけを学んでいても、その専門の中でしか通用しない知識が身についてしまって全体を俯瞰して見る力はつかない。具体的で専門的な技能や知識を身につける前に、抽象的で本質的なところを学んでから具体に移行することであらゆることに通じる有機的な知が育まれるという考えです。

一度抽象的なことに取り組み、そこから具体に入っていく。教養を学んでから、専門的で具体的で日常生活や産業に関わる学びをするべきだというものです。

ここで、先程の教養の定義をもう一度取り上げてみましょう。

1.人格や振る舞い、マナーの良い人(それを高める修養)
2.高度な学術、芸術に関する深い造詣(ハイカルチャー)

ここまで書かれているような考え方は2の教養についての説明でした。高度で抽象的なものに親しむことが教養であると。そして先述した通り、これこそが人が1に近づくための方法なのだと彼らは考えていたのです。

シェリングは「人間は、制約のない絶対的な知識によってのみ、現世において絶対的な行為、すなわち道徳的に完成された状態に到達することができる」と言います。

まさに理性が、日常生活の利害などに拘泥しない本質的な思考こそが、人間の道徳や人格を高めるのだという考え方ですね。典型的な啓蒙主義的発想です。

(世俗に疎い)エリート像

それゆえ、ベルリン大学で教養を復活させようとしていたフンボルトの教養教育とは「人間を実利的で、職業や社会的な利益などへの配慮にしか目が向かない生活から切り離し、純粋に倫理や理念に基づく生活規範に服従させようとする」ものになるのです。

これは多くの人がすぐ気づかれると思いますが、いかにも「坊っちゃんエリート」っぽい感じですよね。現実のことを知らず、頭でっかちで難しい本ばかりよんで社会をわかったような気になっている人というイメージが湧いてくる人も少なくないでしょう。

これこそまさに彼らが思い描いたエリートであり、教養人のイメージです。生活に困らない資産が無いと教養人にはなることは出来ません。このような教養人に対する反発は、今の日本にも存在しているように思います。

まとめ

少し長くなりましたが、これが日本に流布している教養や教養人のイメージの直接のモデルになっているドイツ哲学と教養-難解な哲学に詳しいというイメージ-の関係なのです。

サマライズするとこうなります。

1.日常生活や産業など目的の決まった学問だけやっていると具体的なことにしか目がいかなくなる。
2.その前に高度で抽象的なことを知ってから具体に行かないと俯瞰的な視野は得られない。
3.具体的な知を俯瞰して整理して有機的に結びつけることが出来るようになる知こそが教養であり、最も価値のあるものである。
4.また、そのような目的を必要としない純粋な学問を究めていくことで人は道徳的に完成された状態に近づくのである。

ゆえに、このような定義から見た教養とは「哲学や数学など極めて抽象度の高い学問の素養があること(によって人格的・道徳的にも優れた状態であること)」だと言えるのです。

次回記事

なぜドイツ哲学における教養概念が日本で強く残っているのか? それについては次回の記事に譲りましょう。日本の旧制高校、つまりエリート養成学校とドイツ哲学の関係がそのヒントになっています。

連載「知られざる教養の実態」
vol.1教養とは何か:「いかに生きるか」を自ら問うこと
vol.2教養とは何か:「俗世を超越する」教養はいつから始まったのか
vol.3教養とは何か:日本のエリート主義と接続した「教養」
vol.4文字に依存しない教養:踊る靴職人、儀礼文化の王族たち
vol.5竹内洋『教養主義の没落』の序章から見える、教養と総合雑誌の歴史的関係

 

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