教養とは何か:「いかに生きるか」を自ら問うこと

教養人という言葉が幾分滑稽に響くようにもなってしまった現代ですが、だからこそリベラルアーツや教養といった言葉が再評価されるようにもなっています。ただ色んな知識を持っているだけの雑学博士のことを私達は教養人とは呼びません。

本連載について

知の見取り図というwebサービスが目指すところは知的好奇心に優しい社会を作ることです。人生100年時代と言われる中で、改めて「学び」が注目されています。人は学び続けることで豊かな生活が暮らせる、そんなふんわりしたイメージの中に教養という言葉も位置づけられているように思います。

この連載「知られざる教養の実態」では、様々な書籍の中で語られる教養について掘り下げながら、その言葉の広がりや多様性、そして最終的には私達知の見取り図が考える教養や教養人といった言葉を定義していきたいと考えています。今回取り上げるのは阿部謹也の「教養とは何か」の一節です。

連載「知られざる教養の実態」
vol.1教養とは何か:「いかに生きるか」を自ら問うこと
vol.2教養とは何か:「俗世を超越する」教養はいつから始まったのか
vol.3教養とは何か:日本のエリート主義と接続した「教養」
vol.4文字に依存しない教養:踊る靴職人、儀礼文化の王族たち
vol.5竹内洋『教養主義の没落』の序章から見える、教養と総合雑誌の歴史的関係

 

単なる大量の知識ではない

教養という言葉がいかに広い意味で取り上げられているかは誰もが知っているところです。歴史に詳しいこと、文化や芸術に一家言があること、哲学に詳しく外国語に精通していること、はたまた幅広く様々な知識を持っていることなどなど。

ドイツ中世史の専門家である阿部謹也もまた、この教養ということについて一冊の本を著し、彼は前書きでこの言葉についての素直な疑問を示しています。

ときにダンテの神曲の一節を空でいえたり、その場に相応しい聖書の一節を引用.すれば教養があるとするならそれはおかしい。教養とは単に出し入れが自由にできる知識なのだろうか、それならコンピュータでも出来る。教養には知識ではなく人格が含まれていたはずだ。卑しくない人だとするならば、大学院を出ようと学位をもっていようと関係がない。卑しい人でないだけなら少し足りない気もする、どうしても人格高潔という言葉が出てきそうだ。しかし、私は不幸にしてそのような人に会ったことがないので、教養という言葉にその概念を持ち込みたくないのである。そこで誰でもが身につけることができる教養について考えてみた(筆者によるサマライズ)

彼は教養を単なる知識とは見ません。単に博覧強記であるということだけならば、もはやコンピューターに敵う人間はいません。それでも私たちはコンピューターに教養があるという形容詞を使うことをとても想像出来ません。教養とは単に知識が豊富だというわけではないようです。

「いかに生きるか」を問うこと

彼は教養を個人と集団のものとを分けた上で、個人の教養の始まりを12世紀頃に置きます。それは、欧州にとって都市の成立の時代です。それまで多くの人は世襲で仕事を選んできました。自分の仕事は生まれたときから決まっていて、それを引き継いでいくのは自明のことだったのです。

しかし、この時代に職業選択の可能性が開かれました。農村出身であっても、都市で職人になる可能性が出てきました。また、大学に進学して法律家や官僚になる可能性すら生まれていました。その時、彼らは初めて「どのような職業を選ぶのか」という問いと直面したのです。どのように生きるのかは前もって決められてきたはずが、いまやそこには自分が選ぶことの出来る幾つもの選択肢が現れたのです。

そしてこの時期の知識を持った人たちは、このような問いをローマ時代の古典に求めました。そのような問いに応えるものは当時のフランス語やドイツ語では存在せず、必然古典を読むことが「いかに生きるか」を考えるための重要な道標となり、そしてそれはすなわち古典語が教養において重要であるという素朴な価値観を生み出すことにも繋がりました。

阿部謹也はこれまでの教養の定義を「そのほとんどは西欧社会の特定の時代に成立した個人の生活態度を教養とするものであり、きわめて狭いものであった。これまでの教養概念の中心には文字があり書物がおかれていた。多くの書物を読み、古今の文献に通じる人を指すことが多かった」と言います。

集団の教養

しかし、教養を「いかに生きるか」という問いに置き換えた上で、それを職業選択よりも広い意味で問うたならば、一部の都市の住人以外もまた教養は持っていてもおかしくありません。

彼はそれを「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会にためになにができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状況」を教養があると定義付けます。そしてそのような観点に立てば、農村の人々も又このような教養は持っていたと言い、それを集団の教養と呼びます。

一般に語られる教養という概念は非常に個人的なものに寄りすぎていて、こういった集団の教養というものは歴史の中でまったく取り上げられないで来たと彼は言います。ドイツ哲学や岩波教養主義と言われるような「堅苦しく、威圧的な雰囲気を持った教養概念」の方がずっと強く影響してきたわけですね。

まとめ

この記事では、教養という言葉が一般に持たれるイメージとは違う部分を強調する形となりました。本をたくさん読んで、色んなことを知っていて、という教養のイメージとは異なるものです。そこには人格や人生への態度を含んだ意味合いがあるのです。

しかし、次回は同書より個人の教養の展開について眺めてみましょう。こちらはより学術的で、いわゆる知的な雰囲気を求める教養概念についての話になる予定です。

連載「知られざる教養の実態」
vol.1教養とは何か:「いかに生きるか」を自ら問うこと
vol.2教養とは何か:「俗世を超越する」教養はいつから始まったのか
vol.3教養とは何か:日本のエリート主義と接続した「教養」
vol.4文字に依存しない教養:踊る靴職人、儀礼文化の王族たち
vol.5竹内洋『教養主義の没落』の序章から見える、教養と総合雑誌の歴史的関係

 

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