わくわくするような未知の知との出会い

時代や場所を行きつ戻りつ。オペラ上演研究事情

「舞台と観客の関係を語る試み」

今回のコラムは【芸術と社会の関係を考える 入門:20世紀以降の舞台芸術と現代社会】という本棚を作成いただいた大矢さんに書いて頂きました。本棚だけでは伝わらない、本棚や専門領域への情熱や背景を覗いてみましょう。

【自己紹介】

はじめまして、大矢未来です。ウィーン大学大学院と東京藝術大学大学院の博士課程に所属し研究していま す。専門はドイツ・オーストリアのオペラ上演・演出史です。「オペラ史入門」の本棚では、これらの研究 の基礎となる二つの分野(音楽学・演劇学)の本を紹介しています。

【三つの時代のせめぎ合い―オペラ上演・演出研究とは】

端的には「ヨーロッパの舞台芸術であるオペラの演出・上演が時代や場所によってどのように変化していっ たのか」を調べています。

オペラといえば、古代エジプトや中世ドイツ、ロココ時代のオーストリアなどの豪華絢爛な舞台を思い浮か べる方が多いかもしれません。 今日の歌劇場に出かけると、そういった慣習的な演出に必ずしも出会えるとは限りません。 多くの上演では、三つの時代(物語の中の時代・作曲された時代・上演される現代)を前提に、100-300年 前の作品が現代の観客に生々しく感じられるよう演出されます。北欧神話が現代家族の物語として語られたり、快活な音楽に暴力的な演技が重ねられることもあります。今日頻繁に上演される演目はほとんどが18世紀後半から20世紀初頭に作られたものです。演出では、当時の価値観・社会システムに対する批判的な「読み」を示唆する表現や「解釈」そのものをあえて拒む表現もあり、過去と現在が常にせめぎあう状態なので す。





(ウィーン国立歌劇場の舞台からの風景)





演出は劇場が存在する社会を前提に作られますから、時代や場所によって全く違う形で表現されえます。 この研究は、そうした様々な演出によって何通りにも解釈される物語を、劇場を取り巻く社会や時代背景を踏まえて「読む」試みである一方、歌手の声やオーケストラの響き、観客の反応など、劇場でしか体験され ない感覚的な「今、ここ」を言語化する行為でもあります。

劇場で能動的に「読む」のを忘れ、歌手の紡ぎだす音楽と言葉の響きに酔いしれる瞬間も、オペラならでは の体験でしょう。演出家の過激な「読み」に対するブーイングや素晴らしい歌声に対する歓声もまた、舞台と観客を結びつける重要な要素です。 上演・演出史研究とは、様々な時代や場所を行きつ戻りつしながら、舞台と観客の関係を語る試みなのです。

【自分の興味の良きコンビネーション―オペラ研究にいたるまで】

ここまで読んで「なんだか複雑」と思われた方もいるかもしれません。オペラの複合的な感覚・決して単純 明快でないところが面白いのですが、ひょっとして少数派でしょうか…高校の世界史で、ヨーロッパと日本とが意外なところで同時代だったり、富と権力が国をまたいで徐々に移動していったり、縦にも横にもあちこちの時空が繋がる感覚にも似ているかもしれません。

私がなぜこの研究をするに至ったか? 決定的な理由とはいえないかもしれませんが、例えば中高生の頃に遡れば、長年続けた合唱団でのワルツやミサ曲、小さなオペラ公演での音楽と舞台、倫理や国語の授業で出会った思想史や芸術論、放送部で学んだ朗読と『夜と霧』...それぞれ断片的な興味を探求出来るのが、現在の研究でした。

【異との出会いと既成の価値観への疑問符―歌劇場と社会との切っても切れない関係】

「歌劇場は社会のために存在してきた。この都市ではオペラは自明な存在ではないから、社会に必要とされ る存在にしたい」

ベルギーのフランドル・オペラ(アントワープ、ゲント)の総裁アヴィエル・カーンの言葉です。フランド ル・オペラは、当地の特徴的なエスニックグループの構成、地元の若いアーティストを生かした個性的なプ ログラムを提供する、現在最も注目すべき歌劇場の一つです。

日本でもオペラは決して自明な存在とはいえ ず、未だ国内の代表的な上演はヨーロッパの文脈あるいは慣習での演出が圧倒的に多く、「輸入もの」というイメージは 払拭されていません。本場がヨーロッパという点で、国内と海外の状況の差異やダブルスタンダードに悩む関係者も少なくないでしょう。ごく一部の専門家や愛好家にしか支持されないオペラ、そしてそれを語る研究は社会とどのように結びつくのでしょうか。





(ドイツのハンブルク歌劇場での調査。劇場には過去の上演のパンフレットだけでなく、大量の批評が保存さ れています)





ヨーロッパの文脈で制作された演出は、異なる文化・価値観の受容という意味で重要です。ヨーロッパでは良くも悪くも社会と密接な関係を持ちながら発展してきました。社会で何が問題とされているのか、どのような考え方がなされるのか、を知ることで舞台をより深く知ることが出来るのです。









古典的なオペラを日本の文脈でとらえなおせば、そこにはヨーロッパにはない独自の「読み」の可能性が開けています。例えば、プッチーニ作曲の《蝶々夫人》におけるヨーロッパのオリエンタリズムに満ちた日本 人女性像は、今では決してストレートに受け入れられるものではありません。「それをいかに現代の日本の観客に語り直すか」という意識は、オリエンタリズムや日本社会の伝統的な価値観に批判的な一考を加えうるのです。









【芸術と社会の関係を考える 入門】20世紀以降の舞台芸術と現代社会」という本棚では、そんな社会と 舞台芸術の関係を考えるきっかけになるような本を紹介しています。

【「死んだ」芸術?―おわりにかえて】





スラヴォイ・ジジェク『オペラは二度死ぬ』にあるように、今日オペラはジャンルとして「死んだ」とも言 われます。たしかに王侯貴族社会で生まれ、後にブルジョワジーに受け継がれ巨大化したオペラは、かつての形ではもはや存在しません。しかし「オペラ的なもの」は他のメディアに生きていますし、「オペラ」自 体も新作が生み出されています。アウシュヴィッツでの出来事を題材にしたヴァインベルクの《パサジェル カ(女旅客)》や東日本大震災後の福島を題材にした細川俊夫の《海、静かな海》などは、極めて現代的な テーマを扱っています。

人々の思いや記憶を語り継ぎ、観客にその出来事について意識を向ける一つのメディアとして、オペラは生きているといえるでしょう。この芸術のダイナミックな流れは、他の文化について考 えるときにも何らかの示唆を与えてくれるはずです。





 

大矢さんの本棚を読む

芸術と社会の関係を考える 入門:20世紀以降の舞台芸術と現代社会

オペラ史入門(音楽史編)〜誕生から名作解説まで

オペラ史(演劇学編)〜「観る」オペラ入門から研究の基礎まで