わくわくするような未知の知との出会い

新たな診断法でがんを治る病気に

「きっかけはノーベルやキュリー夫人の伝記」

 

(左が筆者。バイオハザードの文字が見えますが、決してゾンビになったりはしません)

今回のコラムは【【初心者向け】エピゲノム〜同じ遺伝子、違う個性〜】という本棚を作成いただいたLeeさんに書いて頂きました。本棚だけでは伝わらない、本棚や専門領域への情熱や背景を覗いてみましょう。

自己紹介

こんにちは。東京農工大学大学院、博士後期課程の李 鎭煕(い じんひ)と申します。専攻は生命工学で、Bio-(生命)をEngineering(工学)して役に立つものや技術をつくることを楽しみながら研究しています。

 

大学ではどんな研究をしているの?

より早く、より正確にがん等の病気を診断するために日々研究してます。具体的には、生命の設計図であるDNA(デオキシリボ核酸)に着目した診断を行うために、簡単で迅速な測定技術の開発をしています。

 

なぜ診断の研究?どんなことをしているの?

疾患というと、つい治療に目が行きがちですが、診断も同じくらい、というよりこれからは治療以上に重要になってくると思います。

なぜ診断が?と思う方も多いと思うので、まず、診断を行う目的とその重要性について触れたいと思います。

 

実は2種類ある診断

 診断と聞いてまず思いつくのは、健康診断に代表される、疾患を早く見つけるための診断だと思います。実は診断と言っても様々な種類があり、疾患を早く見つける為のものだけではないのです。診断の中には、疾患を患った後に行うものもあり、こちらは、疾患のタイプや状態を調べるために行われます。それぞれ詳しくみてみましょう。

 

・早期診断〜疾患を早く見つけるために〜

疾患を早い段階で見つけることを目的とした診断は早期診断と呼ばれています。御存知の通り、疾患の発見が早ければ早いほど完治の可能性は高まります。例えばがんの場合、まだ自覚症状が出ていない段階(腫瘍の大きさで言うと1 cm以下の段階)で発見できれば9割方が完治すると言われています。定期的な健康診断などはこの早期発見を目的としていて、みなさんにとっても馴染みのある診断だと思います。

 

・確定診断〜疾患の種類や状態を知るために〜

そしてもう一つは、疾患の種類や状態を調べることで、適切な治療を施すための診断(確定診断と呼びます。)です。同じ疾患でも人によって状態が様々で、有効な治療法が違ってくるからです。例として乳がんの場合、おなじ乳がんでもなんと5種類のタイプがあります。そして厄介なことに、それぞれのタイプで有効な治療法が異なります。つまり、せっかく乳がん向けの投薬をしても、がんのタイプに合っていない投薬だった場合、ほとんど効果が無い、ということがありえるのです。

ということで、疾患を患った後に行う確定診断の目的は、治療を行う前に、病気の種類や状態を調べることで、不必要な投薬や手術を避け、最も効果が高いと思われる治療を行うことです。これは患者の身体、精神的な負担の軽減のみならず、国家の医療費削減にもつながります。

 

診断の現状について

 …はい、ここまででなぜ診断が大切なのか、の理由は少しでも掴んでいただけましたか?疾患を早くに見つけるのはもちろん、治療を行う際にも診断が重要な役割を果たしていることがおわかりいただければ大丈夫です。さて、これに対して、現状の診断はどこまで早期に、そして正確に疾患の種類を判別できているのでしょうか。早期診断、確定診断、それぞれをみてみましょう。

 

・早期診断の現状

早期発見を目指した診断では、血液中などの目印となる「タンパク質」(専門的には腫瘍マーカーといいます。)の量や状態を調べる方法が主流です(図1)。広く用いられるスタンダードな方法なのですが、まだまだ改善の余地があるのが現状です。第一に、疾患がある程度進行するか、腫瘍が大きくならないと異常値にならない事が多く、その時点で完治を目指すには既に手遅れな場合がある点が問題点として挙げられます。もう一つは、大々的な治療の必要のない、良性の病気の場合でも発見されてしまう事があることです。前立腺がんの腫瘍マーカーに、PSA(prostate-specific antigen)と呼ばれるものがあるのですが、がん以外の疾患である、前立腺肥大症や前立腺炎の場合でも血液中で異常値を示すことがあり、PSAが異常値を示したといって前立腺がんであるとは言い切れないのです。

 

・確定診断の現状

治療の方針を立てるために行われる確定診断では、X線や内視鏡での検査や、採取してきた身体の組織を顕微鏡を用いて目視で調べるといったように、画像での診断が主流です。この方法は、あくまで“画像“での診断であるため、結果をはっきりと数値化することが難しいです。そのため、判別する方の経験や技術が必要であり、安定した結果が得にくい、という問題点があります(図2)。

 

新たな診断指標〜エピジェネティック修飾〜

ここまでお話した通り、現在の診断方法にはまだまだ改善すべき点が多く有ります。そこで、新しい診断の指標として着目されているのが、私の研究テーマでもある「エピジェネティック修飾」です。

 

・遺伝子のスイッチ-エピジェネティック修飾

DNAはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類の“部品“でできていて、その並びによって様々な遺伝子の情報を蓄えています。そして、この遺伝子は、「エピジェネティック修飾」と呼ばれる別の”部品“が付くことでON,OFFが決まります(図3)。皆が持つ同じ遺伝子でも、エピジェネティック修飾の付き方が違うことで、人によってON,OFFが違ってきます。同じ遺伝子をもつ一卵性双生児でも周りの環境によって個性が違ってくるのもこのエピジェネティック修飾のせいだったりします。

 

・診断指標としてのエピジェネティック修飾

遺伝子のスイッチとして働いているエピジェネティック修飾ですが、なぜこれに着目するとより良い診断が行えるのでしょうか。

まず、現在の診断よりも、より早期に疾患を発見できる可能性があります(図4)。エピジェネティック修飾は、喫煙といった環境の変化で刻々と変化していると考えられており、疾患を患う前、もしくは直後には既に異常な状態になっていることがあります。腫瘍マーカーが血液中に出ていない段階、つまり、現在の診断方法では見つけることができない段階でも、エピジェネティック修飾の異常は起こっているのです。よって、エピジェネティック修飾を調べることで、現在の診断では見つけることができない初期の疾患についても発見できる可能性があります。

また、疾患のタイプを識別する確定診断においても、現在の方法より、より詳細な情報を得ることができるという利点があります(図5)。2万個以上あるとされるヒト遺伝子のエピジェネティック修飾を色々と調べることで、疾患の悪性度や薬の効きやすさなど、画像からは判断が難しい項目について、非常に多くの情報を得ることができるという利点が有ります。具体的には、遺伝子AがOFFになっているから恐らくがんです。そして遺伝子BがOFFだからがんのなかでもすい臓がんで、遺伝子CがONだからXという薬が有効です、といった詳細な診断を可能にします。

・エピジェネティック修飾を診断指標とする上での問題点は?

以上のように、現在、エピジェネティック修飾を目印にした診断の有用性に注目が集まっており、実際に診断の指標として使うために科学的な裏付けがどんどん取られています。

しかし、実際に医療機関で診断に用いるには一つ大きな障壁があります。それは、これらをすばやく、そして簡単に調べる方法が無いことです。診断の指標とするには、腫瘍マーカーの様に素早く、簡単な方法で測定できる必要があります。だからこそ私は迅速、簡便な測定方法を開発し、このエピジェネティック修飾を指標とした診断の実現を目指しています。

 

なぜ好きになってしまったか

疾患の診断やエピジェネティック修飾といった専門に出会ったのは大学生になってからです。ただ、研究者になりたい!と思ったのは小学生の時で、きっかけはノーベルやキュリー夫人の伝記を読んだことでした。人のために研究をするのはなんて素敵なんだ、となんとも子供らしい(!?)ことを思った記憶があります。そして中学生の時に観たNHKの特集「驚異の小宇宙・人体」によって生命工学の魅力にはまり、今に至ります。「生物」という不確定な材料を使って役立つ技術やものをつくるというこの分野にとても魅力を感じていて、自分の好きなこと、得意なことで社会貢献をするという点からすると、結構私に合っているのかな、と思っています。

 

本棚について

エピジェネティクスを知るのに役立つ本棚を作成したのですが、少し専門的になってしまいました。どんな研究をしようか迷っている大学院生や、授業でエピジェネティクスに興味を持ってもっと詳しく知りたいっていう大学生向けかなと思います。それか、1冊目はこの分野に興味がある高校生が背伸びして読むのも悪く無いかなと思います。

この学問が比較的新しい分野であることもあり、一般向けの噛み砕いた内容の本はこれからどんどん出てくるのではないかなと思いますので、今後また更新したいなと思っています。

 

 

Leeさんの本棚を読む:【初心者向け】エピゲノム〜同じ遺伝子、違う個性〜

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