わくわくするような未知の知との出会い

絵を見て、解釈し、語り直すということ

「ある一枚の絵画をとっても、そこには多くの「謎」があります」

今回のコラムは【絵画がもっと好きになる!傑作の鑑賞から、美術史研究の先端まで】という本棚を作成いただいた山田さんに書いて頂きました。本棚だけでは伝わらない、本棚や専門領域への情熱や背景を覗いてみましょう。

【自己紹介】

北海道大学大学院の文学研究科で芸術学を学んでいる山田のぞみと申します。芸術学には、美学、西洋美術史、日本美術史、視覚文化論などがふくまれますが、私は西洋美術史の、特にスペイン美術を中心に勉強をしています。

 

【美術史とは】

「美術史を専攻しています」と言うと、よく「絵を描くのが好きなんですか」と聞かれることがあります。芸術学や美術史を学ぶ人のなかには、もちろん自身で制作活動をおこなっている人もいますが、必ずしも、そうした例ばかりではありません。この学問が追求しようとしているのはむしろ、「見る」ことについてプロであること、さらに言えば、見て「解釈する」こと、個々の芸術作品や芸術家たちの活動に何らかの意義を見出し、それを言葉によって「語り直す」こと、そうした営みではないかと思っています。

そしてその対象とする範囲は実に広く、文字どおり古今東西を問いません。ラスコーやアルタミラの旧石器時代の洞窟壁画から、現代美術まで――このように書くとあまりに範囲が大きすぎて説明になっていませんが、たとえば高校の時の世界史や日本史の教科書がカバーしていたあの長い歴史の流れのなかで生まれた数々の絵画や彫刻、建築までがふくまれます。歴史の教科書といえば、そのなかには「ヘレニズム文化」や「ルネサンスの文化」など、それぞれの時代の文化、芸術をあつかったページがあったかと思いますが、美術史が取り組んでいるのはまさに、その部分です。

(マドリードのホアキン・ソローヤ美術館の一室。スペイン人の有名な印象派の画家です。フランス印象派の人気が高い日本においても、本格的な展覧会の開催が待たれます)

ただ、この学問の魅力的なところは、教科書のなかでは政治史的、思想史的な事柄と文化史的な記述は区別されて記されるのとは対照的に、そうした区分をとり払ってしまう点です。たとえばある一枚の絵画をとっても、そこには多くの「謎」があります。誰が描いたのか、何が描かれているのか、なぜ描かれなければならなかったのか。こうした疑問をときあかしていくためには、当時の政治的な状況や、さまざまな階層にわたる人々の生活史、経済史など、多くの視点を動員していきます。そうして芸術作品が発するメッセージに耳をすませることによって、他の学問分野の研究だけからは明らかにされづらい歴史や思想、もしくはある時代に人々の生きたリアルな姿が、鮮やかによみがえってくることさえあります。

 それでは、具体的にどのように「耳をすます」のでしょうか。それを刺激的に、わかりやすく示した本をまとめた本棚をつくらせていただきました。いまはまだ一つの本棚だけ、それも多くの素晴らしい書籍が出版されているなかで取り上げられたのはわずかな本のみですが、今後は美術史学の芸術作品に対するさまざまなアプローチの仕方をより詳しく知ることのできる本をまとめた本棚なども、ご紹介できれば幸いです。

 

【美術史の社会的意義とは】

21世紀は多文化社会、ソフトパワーの時代といわれて久しいですが、現実はどうでしょうか。以前の矢加部さんのコラム(編注: 中東、テロのイメージを捉え直したい)でも書かれていましたが、異なる文化間でおきる紛争は絶えず、さまざまな問題が山積しています。こうした状況のなかで美術史という学問をすることの意義は一見わかりにくいかもしれません。諸々の問題に対して実践的に、アクチュアルな解答を与えるものとはなりにくいからです。

 美術史の根本にあるのは、自分たちとは別の存在と思えるものへの知的好奇心を素直に認め、それを追求し、「他者」を理解しようとすることです。「今・ここ」という私たちの目の前にあるものとは異なる存在になぜか惹きつけられるという経験が、誰しも一度はあるのではないでしょうか。そこから生まれる知的好奇心は、自分の慣れ親しんだ文化圏に安住することなく、異なる文化を体感し、また尊重するという行動につながる可能性をもっているように思います。美術史研究の社会的意義の一つは、このあたりにあると言えるのかもしれません。

 

山田さんの本棚を読む【絵画がもっと好きになる!傑作の鑑賞から、美術史研究の先端まで