わくわくするような未知の知との出会い

学問領域を越境する地域研究


「民族を越えての共同体同士の付き合いは1000年以上続いてきた」


今回のコラムは【他国を知り、自国を知りたい人のための学問、「地域研究」】並びに【現代のフロンティア「中央アジア」 ―概説書から各国事情まで―】という本棚を作成いただいた斎藤さんに書いて頂きました。本棚だけでは伝わらない、本棚や専門領域への情熱や背景を覗いてみましょう。

【自己紹介】

初めまして。筑波大学大学院人文社会科学研究科博士課程の院生で、日本学術振興会特別研究員(DC2)の齋藤竜太と申します。専門は中央アジアの地域研究。現在、同地域の水資源問題について、社会科学的側面、特に国際協力学の関心から研究を進めております。

(ウズベキスタンの国民食、プロフ(ピラフ)。広く中央アジア各国で食される)

【特定の枠組みで捉えきれない「地域」】

中央アジア地域研究、と一言で言っても、非常に多様なアプローチが可能です。本稿では、私の研究テーマを紹介しつつ、地域研究とはいかなる学問であるか、ちょっとした考察を図ろうかと思います。

 

旧ソ連崩壊後、それまでコルホーズやソフホーズなどの集団農場が担っていたウズベキスタン農村部での水資源管理の現状について、私は主に研究しています。これは、冷戦中から蓄積のある旧ソ連研究の流れの中に位置づけられるかもしれません。これに対してさらに、国際協力機関という外部アクターがどう関与してきたか、それがウズベキスタン農村部での水資源管理にどのような影響を与えたかという、もう一つの研究軸があります。これは、旧共産圏に対する自由化や民主化の促進といった、国際開発学的な観点に近似しているといえるでしょう。

(ウズベキスタンの首都タシケント市内にあるガガーリン像。このようなソ連を思わせる建造物は、少なくなったものの、まだ残っている)

まず、最初の旧ソ連研究という観点から考えていきます。確かに旧ソ連時代に行われた集団化が現在のウズベキスタン農村部に対して大きな影響を及ぼしたことは、現在でもウズベキスタン農村部で農場を「ソフホーズ」と呼んだり、会議を「ソヴィエト」と呼んだりしていることからも、よくわかります。しかしよくよく農村の人に話を聞いてみると、実際に農村部で機能している枠組みは、ソ連以前から中央アジアに根差している住民組織、「マハッラ」に大きく依っていることがよくわかります。とある村の実力者からは、「今の政治体制とは100年程度の付き合いだが、民族を越えての共同体同士の付き合いは1000年以上続いてきた」という声も聞かれました。

(NATOがウズベキスタンと’平和のためのパートナーシップ(PfP)’を結ぶなど、地政学的に重要な位置を占めるウズベキスタンでは様々な域外アクターが活発である。タシケント市内にある外務省傘下の外交官養成大学には、NATOの協力による図書室が設置され、対テロ作戦に関する論文などが多数収められている)

また、旧ソ連崩壊後、海外援助機関は旧共産圏への援助に際して、経済発展と民主化・自由化をセットにしたいわゆる「ワシントンコンセンサス」を掲げてきました。ウズベキスタン農村部では集団農場の解体後、それらが担っていた農村内部での水配分を機能させるための「水利用者組合」が編成されてきたのですが、多くの援助機関が「農民参画型の組織を通じてボトムアップ式の民主化を支援」することを目的として、この水利用者組合を支援してきました。しかし実際には、かつて集団農場の議長を務めた地域の実力者がそのまま組合のトップにおさまるなど、結果として地域社会の文脈に沿った、おそらく援助機関が想定していたとは異なるであろう「農民参画型組織」の定着が見られています。

(調査地の農村での一コマ。農作業の後にご近所同士でプロフを炊く。農作業に限らず、何かきっかけがあるとこのような「トイ」という会が催される)

【地域研究でしかできないこととその限界】

自分の専門を訊かれるたびに、【自己紹介】で述べたように「中央アジア地域研究(特に現代研究)」と私が答える理由はここにあります。私の研究内容であれば、国際協力学やそれを系譜におく国際関係学または国際開発学などを専門として答えてもいいのかもしれません。しかし、地域に深く入れば入るほど、既存の方法論や枠組みでは取りこぼしてしまうことが見えてくる。これが、私が本棚「他国を知り、自国を知りたいための学問、「地域研究」」で伝えたかった地域研究のおもしろさです。

 

例えば、私が理解している限りでは、識字率の向上や児童労働の解消などといった「目標」が、開発学の分野では強く意識されているように思われます。ウズベキスタンには「ハシャール(奉仕活動)」というものがあり、よく学生がこれで清掃活動や綿花収穫に動員されています。私がウズベキスタンのタシケントで、某国際機関で働く日本人から聞いた話なのですが、とある欧米人エコノミストが、このハシャールを指して、児童労働であると批判したそうです。これを聞いた、その場の他の日本人は皆失笑しました。彼らはいずれも、国連や国際金融機関等に勤務する開発関係者なのですが、長期にわたるウズベキスタンでの駐在生活から、ハシャールに限らず、バスの切符切りや商店の店番などで、子どもたちがいかに社会の一員として役割を果たしているかを、強く実感していたのでしょう。もちろん、理想を言えば、子供が働かなくてもいいような社会に、ウズベキスタンもなればいいのかもしれません。しかし、現地を知れば知るほど、地域の文脈、それだけで割り切れない現実がある。それを目の当たりにすると、「目標」という一つの方向に向かうことに対して懐疑的になる。



(綿花摘みのため農村へ行く準備をする学生。9月から10月にかけて、ウズベキスタンの大学は2週間から1か月程度休みになる)

ただ、地域研究にも弱点があります。特定の地域にばかり沈んでしまうと、他の学問分野との「対話」が希薄になってしまうこと、言い換えれば、その地域に興味がない人を置き去りにしてしまう可能性があることです。いかに社会連携を図っていくかは、マイナー地域を研究している人にとっては特に死活問題です。数年前、若手地域研究者のキャリアを考えるシンポジウムに参加したことがあります。そこでは地域研究の専門家の知見をどう社会に還元していくかについて活発な意見が交わされたのですが、結局は、社会がその地域に対して関心を向けないことには地域研究者の食い扶持は増えないのだ、という印象を強く受けました(苦笑)

 

【地域をどう「対話」させるか】

今後、地域研究に携わる研究者は、否応なく、自身の研究対象地域がどのような意義を持つかについて、社会に説明する能力が問わるようになると思いますし、現になっていると思います。むしろこれを奇貨として、地域研究を他の学問領域と対話させて、人文社会科学全体で発展していくチャンスととらえることもできるかもしれません。

 

現在、地域研究に限らず、人文社会科学がさらされている政治的な逆風は極めて強いのですが、地域研究という学問が向き合うリアリティは、それに負けない、力強い説得力を持っていると確信しています。

 

齋藤さんの本棚を読む

他国を知り、自国を知りたい人のための学問、「地域研究」

現代のフロンティア「中央アジア」 ―概説書から各国事情まで―